三連休最終日を利用して宝剣岳・サギダル尾根へ行ってきた。
当日のコンディションは、気温マイナス13度、風速10〜15m、視界50mほどの風雪、斜面は20cmほどの新雪の下に蒼氷が隠れていた。信じ難いが、厳冬期のこの2600mという高地で6日に雨が降ったという。そして8日から今期最強と言われる寒波が入り急激に冷やされることで山を丸ごと凍らせてしまったらしい。比較的天候が安定している中央アルプスでそんな異常なことが?と思ったが、一つの山域で1日で3人も亡くなっている異常な状況から考えたらそういうことなんだろう。
ロープウェイ駅でスタッフから前日に宝剣で2名、南部(仙涯嶺)で1名亡くなっていると聞いたが、実際に足を踏み入れると理由がよくわかった。コンディションは最悪。
トップアウトする気はさらさら無く、偵察のみと決定する。
年間数百回山に入りTJARも完走している方や、K2ピークを踏んでいる某アウトドアメーカーの方など、亡くなられた方々はいずれもネットで叩かれるような山を舐めている輩ではなく、山歴も十分でむしろ真摯に山と向き合っていた方だと考える。ご冥福をお祈りいたします。
7時ごろ名古屋発、 8時半ごろ菅の台BCに到着し、10時15分の便で千畳敷まで上がった。サギダルの頭のピストンなので登攀準備をして遅めのスタート。メンバーは横井、マル、僕。
サギダルは駒ヶ根神社裏から忠実に尾根を辿っていくルートだが、最下部は植生が少し露出していたので左から巻いていく。
中間部あたりで尾根に乗るが、リッジは氷化しているため慎重に歩く。
ここではまだロープを出さずに進む。地形図を見る限り、落ちてもカールの底で止まりルンゼまで落ちることはなさそう。落ちるなら木曽側へ。伊那側は急勾配であり岩の露出が激しいためまず助からない。木曽側も氷の斜面ではあるが勾配は緩めで岩の露出がほとんどなかったのでまだマシかな。まあ自分で選択して落ちるおバカさんはいないけどな。
取り付き直下(ここを1P目とするパーティも多い)がかなりの急勾配なので念のためロープを出す。先行が1P目でかなり苦渋しており、素早く上がってもしばらくスタートできなさそうだったのでこちらもそろりそろりと進んでいった。
結局1P目で30分待ち。スタートが遅かったため、天候見つつ渋滞してたら帰ってこようという計画だったので1Pだけ見て撤退。天候もほぼブリザードになってきた。
当たり前だが、下降は登高よりも気を使う。懸垂をつないで降りた。
行きで尾根に乗った地点からはクライムダウンとしたが念のためコンテで進んだ。
少し進んだところでマルが足を滑らせ滑落。
横井が次に巻き込まれ、二人分の荷重が掛かり僕も初期制動では止められずしばし斜面を転がってから、なんとか停止させた。というか、先ほどの読み通り、カールの底がかなり斜度が緩いので自然に減速しつつあったのだと思う。GPSログでは60〜70m落ちていた。横井とマルが打撲と捻挫。大きな怪我にならず不幸中の幸いだったが、CLの自分だけ無傷なのが心苦しく申し訳ない思いが尽きなかった。
今後のために滑落原因を考察しておく。
①山行計画が充分ではなかった。
バリエーションをやるとき、普段は準備に一週間ほど時間をかける。複数候補を出し、平日に直近の情報を漁り、じっくりとリサーチし、週末に計画を実行することが多い。今週は本業の方が忙しく、計画準備にしっかりと時間をかけれなかった。(事故についても、ロープウェイ駅で初めて耳にするほどのクソっぷりであった。)そのため、はるかに難易度が上がっていることを知らずに計画してしまった。
なにより、滑落事故のアナウンスを受けた段階で、偵察に切り替えるのではなく、山行自体を中止すべきであった。
②クライミングタームのあとで、気の緩みがあった。
これはよく言われていることだが、緊張を強いられるクラミングタームでは落ちることは少ない。確保するしね。本当に危ないのは落ちたらアウトなウォーキングターム。今回は尾根の下部で、滑落しても大怪我をしないセクションだったので良かったが、稜線に出てから同じことをしていたら全員あの世行きだった。ウォーキングタームでも正確なアックス・アイゼンワークやロープワークを無意識下に落とし込む必要性がある。人は必ずミスをする。自分の中でのダブルチェック・フェイルセーフが重要だ。
③コンテする間隔が均等ではなかった。
今回のメンバーで一番経験の浅いマルを2番手、横井が先頭で僕が最後尾でコンテした。斜め横並びになって下降し、マルの滑落時は両端の僕らで初期制動をかけるつもりであった。しかし、マルと横井のザイルの幅が僕とマルとの幅に比べて狭く、マルの荷重が分散されずに横井に100%掛かり、横井も一緒に滑落することとなった。支点構築でいうダメな固定分散の典型みたいな感じね。雪面にしっかりピックを打ち込んでいたが、二人分の荷重が掛かり僕も剥がされ滑落した。
④雪上訓練が充分ではないメンバーがいた。
スキルが充分ではないと判断する基準は如何なるものなのか分からないが、マルの初動はお話にならないものだったため充分ではないと言わざるをえない。メンバーの実力を誤認し連れてきたCLの責任も大きい。雪山では素人同士で実力をカバーするのは不可能と考えるべきだった。
しかし、雪上訓練とは言っても、何かの資格のように明確に決められたものではないし、そのようなスキルは数値化しうるものではない。ならば、どのようにして推し量るのだろう。「○○山岳会主催の雪上訓練講習会に出ました!なので雪山に行けます!」というのは間違いだし、「数年間雪山やってます。滑落経験はないです。」というのも充分に安心はできない。結局、命の危険がないところで数回は落ちてみることが必要だと思う。軽度の捻挫や打撲くらいはしておいた方が良い。自分がどれだけ必死に止めても、止まらない。自然という絶対的な強者に対して人間のようなちっぽけな存在が敵わないことは、身体にも心にも刻んでおくべきだ。前者には怪我として、後者には恐怖として。そういった経験を積んでいくことで、的確な安全マージンを理解して、死のリスクを減らせるのだと思う。
山は、静かに、いとも簡単に、人の命を奪っていくことを思い知らされた山行だった。
今回の経験を胸に刻み、これからも必ず家に帰ろう。